泉鏡花
1813-1939。本名鏡太郎。
金沢の彫金師の家に生まれる。
1891(明治24)年、尾崎紅葉門下となる。
『夜行巡査』『外科室』で認められた。
『照葉狂言』『草迷宮』『高野聖』『陽炎座』
『歌行灯』『夜叉ヶ池』『天守物語』など
小説・戯曲多数。
鏡花の“ことば”を音にする
観世榮夫
泉鏡花の作品はぼくの感覚から言えば、現代劇、
つまり“現代”の小説です。
ふつうには現実と非現実が交差し
その境目をはっきりと持たぬ、
常識を超えた神秘の世界を描いている
と考えられているが、
そうだろうか。
目の前に進行する具体的状況を、
鏡花は、ある意味で批判的な角度、
位置からみている。
しばしば非現実的な魔の世界を
現実社会に対峙させたりもするのだが、
そこに、現実の中で歪められ
失われていく社会をみる
鏡花の眼が働いています。
それを支える眼の位置は
対象から引いたところに設定され、
距離がおかれるから、
描かれる世界はパノラマでみるように
奥行きを持ち立体的です。
そこにまず魅かれます。
文体というか、ことばも刺激的です。
「天守物語」などの戯曲は当然として、
小説作品も演劇的。
かぎカッコの中のことばが
そのまま舞台の科白になりうる、
聴くことばでもあるんです。
リズム感があって、
それもたんに七語調というだけではなく、
リアリティをうしなわない。
地の文でさえ、
その場の色あいから構造までを浮かびあがらせます。
ほんらい眼で読むことばとして書かれているのだが、
鏡花のそれは読む人が自身の身体を通して
耳で聴くような感覚をもたらし、
耳を通して聴いたものが
眼の前で色になったり形になる。
読むという行為は、本当にうまく読めれば、
ヴィジュアルに、しかも説得力のあるものとして
作品の世界が立ち現れてきます。
鏡花を読んでみようと思い立った理由です。
これから数年、年に一度くらい、
鏡花の作品を声に出して“読む”試みをやっていきます。
彼の作品群の中で、
読みいいという点では
ぼくは「高野聖」かなとも思うが、
一方で、最後に「高野聖」に辿り着きたい
という思いもあります。
一つ一つのことばがどれだけ
観客につきささっていくような、
イメージを喚起する読み方は
どうしたらできるか。
その意味で最初に取り上げる「歌行燈」は、
いまでは一見わかりにくそうなことばが
並んでいるかもしれない。
が、芝居や映画化された作品を観てもそうで、
人物が群衆の一人ひとりに至るまで、
小説の文章がそのまま使われていても、
彼らのしゃべることばは
生き生きとしていて心地よい。
鏡花のことばは、
舞台で、声に出すことでより生きてきます。
役者が、鏡花の
象徴を秘めたことばの彩りや方向性を
どれだけか心に感じて、
自身のからだを通して読む。
そのことが日本語そのものをもっと美しくし、
しゃべり言葉をより豊かにしてゆく。
その作業を観客と共有したいと考えています。
鏡花のことばはなぜ聴く者に心地よく、
心にひびいてくるのか。
いまも、刺激的挑戦的でありつづける
その理由を探りたい、
とぼくは思っている。
(2002年4月8日・9日
ヒデオゼミ/シアターX提携「鏡花を読む」第一回公演
観世榮夫演出 泉鏡花「歌行燈」 プログラムより
談/文責・編集部)
『日本橋』の話芸的な説得力
M・コーディ・ポ−ルトン
鏡花の文章は確かにきれいで、
読むと女性の身なりやお化けが出てきそうな
雰囲気が鮮やかに目に浮かんでくるのだが、
言葉の音律に聴覚的な魅力(または凄み)もある。
鏡花自身も
「予は文章は見るべきものでなく、
読むべきものだと思ふ。
口にだして分からぬやうなものは好く無い。
会話のみを云うのでは無い。
例えば(雨が降る。)と云っても、
雨の音が聞こえなければならぬ。
文章でいかにも雨が降ってるなと
感じさせなければならぬ。」
(「文章の音律」)
と書いた通り、
「読む」ことは何よりも「聞く」ことから始まるのだ。
幼い頃母や町の娘たちの口から
北陸の言い伝えや子守唄を聞きおぼえた鏡花にとって、
口承文芸は彼の文学活動の始まりでもあった。
(2003年3月6日〜8日
ヒデオゼミ/シアターX提携「鏡花を読む」第二回公演
観世榮夫演出 泉鏡花「日本橋」 プログラムより抜粋)
宵語り 六代目の藝
観世榮夫
六代目ってのは声の悪い役者だった。
そのかわり、やたら上手いんでよ。
写実的演技、形式を重んじた芸風の先代と違って、
観客にリアルだと思わせる術を知っている。
……
舞台のリアルさは必ずしも写実に演ることだけではない。
デフォルメがあってね、
はじめてみえてくるものもある。
人間の心理の裡の動揺をどれだけ表現できるか、
ナチュラルに演じていればリアルに見えるかというと、
そうでもない。
お芝居はそう単純でないからな。
内面を表現するのに、
どれだけかデフォルメしていい、
補助線を引いたっていいってことが
あるんだよな。 (談)
(2003年3月6日〜8日
ヒデオゼミ/シアターX提携「鏡花を読む」第二回公演
観世榮夫演出 泉鏡花「日本橋」 プログラムより抜粋)
観世榮夫
27年生まれ。七世観世銕之丞(雅雪)の次男。
三歳で初舞台、
観世流の家柄に生まれながら、
喜多流のメソッドを学ぶために二十二歳で転流。
兄の寿夫、弟の静夫と「華の会」を結成し、
能界に新風を吹き込む。
その後能界を離れ、
演劇・オペラ・歌舞伎などの演出をするほか、
演劇や映画に出演。
五十二歳で能界に戻り、能役者として、
また各種舞台芸術の演出家として
多彩な活動を続けている。
79年以来海外でも、能公演、
演劇のシンポジウムや演出など活躍の場は広い。
97年度芸術選奨文部大臣賞受賞。
京都造形芸術大学教授。