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…芸能の源流…

上方舞友の会は 芸能の源流を求めて
南インド 中でも ココナツの国と言われる
ケーララとの交流を深めてまいりました
そこはまさしく 伝統芸能の宝庫
豊かなドラヴィダ文明の息づく南インドヘ
ご一緒に旅してみませんか

「赤い州ケララ---これこそはインドのエスプリだ。
古代においてそうであったし、現代においてさらにそうである。
東洋の古代の顔をさぐるためには、
今日以後は私たちは、
まずケララの美しいクリークにわけいらねばならない。」
                          青江舜二郎  
    民俗・民芸双書61「日本芸能の源流」 岩崎美術社



 仮面パレード (前に変なのが一人)   撮影 吉澤昌江


上方舞友の会・南インド 交流の歴史

1999. 9.

  • 吉村桂充 ナンギャール・クートゥを日本で唯一の演者、入野智江師より学びはじめる。

2001. 1.

  • 平成12年度国際交流基金助成(社)企業メセナ協議会認定
    「上方舞・南インド公演」(主催:上方舞友の会)をケーララ州トリチュール市、イリンジャラクダ市で行う。
      舞:地唄「猩々」「小簾の戸」 胡弓独奏「虫の音」
      舞:吉村桂充 唄・三味線・胡弓:吉澤昌江 英語解説:國弘正彦

  • 上方舞ワークショップを行う
      対象:ナタナカイラリ主催ワークショップ参加生(俳優、舞踊家)。
          スウェーデン、フォークテアターの俳優。

  • 上方舞デモンストレーションを行う。
      地唄「八島」「黒髪」
      舞:吉村桂充 唄・三味線:吉澤昌江 英語解説:國弘正彦

  • クーティヤッタム・フェスティバル(主催:ナタナカイラリ)
    クーティヤッタム、ナンギャール・クートゥを鑑賞。

  • イリンジャラクダ市の伝統芸能研究所「ナタナカイラリ」主催
    南インド古典芸能ワークショップに参加。
      ヨガ、モヒニヤッタム、カタカリ等を学ぶ。

  • デモンストレーション「南インドの音楽」を見聞。

  • 南インドの様々な伝統芸能に触れる。
      舞踊:モヒニヤッタム パラタナティヤム
      人形劇:パーヴァ・カタカリ 
      武術:カラリパヤット
      祭祀芸能:ティヤム、ムディイエットゥ、仮面パレード、影絵芝居等

2002. 1.

  • 「第2回 上方舞・南インド公演」(主催:上方舞友の会)
    イリンジャラクダ市ナタナカイラリにて行う。
      舞:地唄「鐘が岬」「蛙」
      舞:吉村桂充 唄・三味線:吉澤昌江 英語解説:國弘正彦

  • クーティヤッタム・フェスティバルを鑑賞。
      新作「シャクンタラー」初演

  • ナタナカイラリ主催ワークショップに参加
      ヨガを学ぶ。

  • 講義「ナヴァ・ラサ(9つの情趣)」拝聴
      講師:グル・アマヌール・マーダヴァ・チャーキアール
      通訳:ニルマラ・パニカル


油が注がれ炎の上がるランプの前で
クーリヤッタムを演じるグルジー 
                       撮影 吉澤昌江

「南インドの古典劇 クーリヤッタム」 入野智江 (13-9-2001)

1.ココナツの国ケーララ〜芸能の宝庫
 インドという国はとても広く、様々なイメージを持っています。私は10年程前に東京で「バラタナティヤム」というインドの古典舞踊を習いはじめたのをきっかけにインドに興味を持ち、南インドに行くようになりました。
 1994年から通いはじめて毎年4ヶ月程を過ごしているのは南インドの中でも主にケーララ州というところで、インド亜大陸西側のアラビア海に面した細長い小さな州です。インド唯一の熱帯雨林気候の地域で、ココナツやバナナの木が生い茂り、運河が流れ、いわゆる「南の国」の雰囲気たっぷりの自然の美しい所です(ちなみに“ケーララ”とは現地の言葉でココナツの国という意味)。また日本の稲作技術が導入されているので見慣れた田園風景が広がっている場所も多く、人々も人当たりが良くて親しみやすい地方です。
 文化的には、海と山に挟まれて他の地域との交流が容易でなかったためか、古い伝統がよく伝えられており、そもそも豊かな自然の中で培われていった感性と相まって、実に様々な芸能、祭り、宗教儀礼が息づいています。
 ケーララの芸能を代表するものとして、インド四大舞踊の一つにも数えられ、仮面のような隈取りメイクで強い印象を与える舞踊劇「カタカリ」があげられます。「カタカリ」は来日公演も何度か行なわれており、早くからヨーロッパ、アメリカ等に紹介され、その腰をおとして力強く足を踏む身体技法と、ハンドジェスチャーと表情を使った演技法は、特にヨーロッパの現代演劇に大きな影響を与えてきました。私が現在インドで習い、また公演を行なっているのはこの「カタカリ」の形成に多大な影響を与えた古典演劇「クーリヤッタム」とその姉妹とも言える「ナンギャ−ルク−トゥ」という芸能です。
 日本でいえば、「カタカリ」は「歌舞伎」、「クーリヤッタム」は「能」といったところでしょうか。

2.サンスクリット古典劇「クーリヤッタム」
 「クーリヤッタム」は現存する世界最古のサンスクリット劇といわれ、その起源は1000年以上に渡って遡ることが出来るといわれています。ケーララ州においてヒンドゥー寺院と関係が深い家系の人々が代々伝承してきたもので、寺院の敷地内に建てられているクータンバラムという専用の劇場で演じられて来ました。
 伝統的には男優はチャーキャールという階級に属し、女優はナンギャ−ルという階級に属していて、ナンギャ−ルの階級の男性であるナンビャールが伴奏打楽器や化粧等を担って来ました。現在はそれ以外の家に属するアーチストも多く、寺院の外で行なわれる公演も増えています。
 昔はインド各地でサンスクリット劇が上演されていたと言われていて、サンスクリット語で書かれた美しい古典戯曲が数多く存在していますが、上演形態として現在残っているのはケーララの「クーリヤッタム」のみです。
 「クーリヤッタム」は、サンスクリット語の戯曲を基にして上演され、台詞や詩はその状況に合わせた節回しにのせて朗唱されます。この節回しはインドで古くから受け継がれている経典を唱える節回しから来ているといわれ、日本の仏教声明にも少し似ています。
 「クーリヤッタム」の大きな魅力である演技方法の特徴は、一つ一つの言葉をムドラと呼ばれるハンドジェスチャーを使って丁寧に表わしていく事と、目と顔の表情を駆使した細やかな感情表現です。

3.女優が1人で演じる「ナンギャ−ルク−トゥ」
 「ナンギャ−ルク−トゥ」は女優の演じる1人芝居で、「クーリヤッタム」の演技方法を用いたマイム劇のようなものです。演じ手は言葉を話さず、目や顔の表情とムドラによる表現が中心で、一人で色々な役を演じ分けながら物語を描いていきます。
 演じられる内容は神の化身としてこの世に生まれ牛飼いの村で育ち、笛の名手として親しまれているクリシュナ神に関わる物語を歌ったサンスクリット語の詩に基づいています。

4.化粧、伴奏、舞台装置
 「クーリヤッタム」のメイクは「カタカリ」と同じように派手なもので、その役の性質によって色やデザインが決まっています。
 男役では例えば緑色はヒーロー、赤色は激しい性質を表わしています。眼の下には太く黒いラインを描き、眼の表情を強調します。また、顎のラインに沿って紙を起てて張り、顔の表情をより強調するようなデザインもあります。
 女役と「ナンギャ−ルク−トゥ」のメイクは同じで一種類しかなく、少し黄色がかった肌色に眼のラインをはっきりと描きます。
 メイクに使う色は顔料や藍、煤など天然の物を使っています。また眼の中に花の雌しべの基の部分を入れて白目を赤く染めます。
 伴奏音楽は打楽器のみで、大きな壺型の胴に皮を張った太鼓を中心にして、日本の鼓のように締めたり緩めたりして音程を変えながら演奏する太鼓が色を添えます。基本的には決まった拍子の中で演じ手の動きに合わせて即興的に演奏し、よりいきいきとした表現の世界が広がります。このほかに拍子を刻むための小さなシンバルも入ります。
 装置はほとんど使いません。演者が座るための椅子は時には山を表わすこともあります。また演者が登場する時に2人の人が両端を持って使われる幕は、舞台の上に空間や時間を区切る効果を発揮します。
 舞台の中央に灯されるオイルランプはとても重要で、演者の目の高さに灯される炎が観るものを物語の世界へと誘います。

5.感情表現
 インドにはナーティヤシャーストラという有名な文学、芸術の理論書があります。その中に情趣(ラサ)、および感情についての記述があります。ここでは人間の感情を8つに分類し、それを芸術を享受する人々に感じてもらう為にはどうしたら良いかを事細かに論じています。
 その8つとは、
・シュリンガーラ(恋情、欲望)・アルブタ(驚き、感動)・ヴィーラ(英雄的、力溢れる)
・ハースヤ(滑稽)・ラウドラ(怒り)・バヤーナカ(恐怖)・カルナ(悲しみ、慈愛)
・ビーバルサ(嫌悪)
 これらの感情を演じわけることは「クーリヤッタム」「ナンギャールクートゥ」の演技方法で重要な要素です。それぞれの感情を表わす為の目の動きや眉の使い方などに決まりがあり、それを日々練習することによって、実際に演じる時に各々の登場人物を生き生きと描くことができるようになります。
 以上の8つに、何もない状態・シャーンタ(平安)加えて9つの感情という意味のナヴァラサといっています。シャーンタは感情ではありませんが、樣々な感情を表わすためには何もない状態がとても重要なことからここに含まれています。

6.新しい試み
 「クーリヤッタム」は非常に長い伝統の中で洗練され、厳格な型や多くの決まり事を学ぶのに12年はかかるという芸能ですが、時代の変化と共に新しい試みもなされています。
 私が習っているナタナカイラリ研究所では、「クーリヤッタム」で上演することが今までなぜかタブー視されていた最も有名な古典戯曲「シャクンタラー」を舞台化することにしました。「シャクンタラー」はゲーテが感銘を受けたと言われ、日本語の訳本も出ています。普通新しい戯曲を上演することになると、感情表現やハンドジェスチャーの使い方を細かく指示する上演用の台本を作り、それに基づいて個人個人が練習してから合わせます。ところが、今回はまず俳優と演奏者が集まって皆で戯曲を読みながらアイデアを出し合い、実際に動いてみながら効果的な演出を考えていく、という現代的な方法をとっています。とはいえ、参加している俳優たちは皆、グル・アマヌール・マーダヴァ・チャーキャールという偉大な先生から10年以上「クーリヤッタム」を学び、今や立派な若手アーチスト達なので、作っていく方法は現代的でもあくまでも「クーリヤッタム」です。今年の4月から読み始めて12月にケーララで初演予定です。私も来月からインドに渡り、参加させて頂く予定です。
 「クーリヤッタム」の魅力はとても短時間で言い尽くせません。ナタナカイラリ研究所では毎年1月初旬に2週間に渡って「クーリヤッタム フェスティヴァル」を催していますので、皆様ぜひケーララに訪ねていらして下さい。

 

「南インド古典舞踊+サンスクリット古典劇 〜幻想天竺夜話〜」案内(チラシ)

インドの神様クリシュナとルクミニ姫の恋の物語「ルクミニ・カリヤーナム(ルクミニの結婚)」を華やかなインド古典舞踊バラタナティヤムとインド伝統古典劇クーリヤッタムの演劇様式を合体させた全く新しいスタイルでお届けします。

2002年10月18日(金)7:00pm開演
      10月19日(土)2:30pm/7:00pm開演 (開場は30分前)

前売2500円  当日3000円
会場 STスポット (横浜駅西口徒歩5分 045-325-0411)
出演 舟橋美香/入野智江

チケットのお申し込み・お問い合せ
 南インド芸能ラボラトリー 03-3325-3553/070-5554-2345/t_irino@hotmail.com
 STスポット  045-325-0411

出演者プロフィール
【舟橋美香】
1990年より野火杏子氏にバラタナティヤムを師事。
1993年より渡印を重ね、チェンナイにてジョーツナ・ヴィジャイ・メノン?シュパ・シャンカル、ショーバナ・バラチャンドランの各氏に師事。
2000年3月 南インド、チェンナイのシュリーヴァラシッディヴィナーヤガール寺院にて、デビューリサイタル。その後インド、マレーシアなどでソロ公演を行う。
東京拠点に日本各地で公演、ワークショップを行なっている。
【入野智江】
1986年より1994年まで劇団横浜ボートシアターに参加。
1990年より1994年までバラタナティヤムを野火杏子氏に師事。
1994年より南インド・ケーララ州をたびたび訪れ、グル・アマヌール・マーダヴァ・チャーキャールのもとでナンギャールクートゥおよびクーリヤッタムを習う。ソロ公演やレクチャー・デモンストレーション、伴奏打楽器の指導・演奏等、幅広い活動を展開中。
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南インド芸能ラボラトリー 入野智江 TOMOE Irino Email:t_irino@hotmail.com

 

上方舞南インド公演 (2000.12.31〜2001.1.10)
 「インド旅行の感想」 吉澤昌江

 今回インドに旅行した11日間の中で最も印象に強くあるのは、アマヌール・マーダヴァ・チャキアール師が演じた、クリヤッタムというサンスクリット劇のクートゥー(一人芝居)である。約2千年に及ぶ伝承がなされたというこの演劇は、宗教とカースト制によって守られてきたためこのような伝承が可能であったのであるが、実際にこの世にまだこうした形のものが現存することが、私には驚異であった。

 私は日本の江戸時代の音楽を幼少の頃から勉強してきて、若い頃、すべて西洋の音階あるいは拍子というものが一番優れているような世の中の風潮の中で、何がよいのかわからなくなることが往々にしてあり、小泉文夫先生(民族音楽学者)の講義などを受ける中でそうではないと思う一方、いつも漠然とした不安を抱いていた。そのような不安は今に至るまであり、西洋音楽的な曲を好んで弾いたりしてみたが、一層わからなくなる一方であった。

 今回のインドでの体験は私にとってかなり衝撃的な形で、自らの音楽に対する姿勢を示唆してもらったような気がする。それはかなり比喩的になるが、古典のパワーを見せつけられたことによって古典の勉強が足りないことを実感し、また自分の表現空間がいかに現代の日本の中で、その日本でも更に限られた環境の中でしか考えられていないものかということを教えられた。

 この表現空間については、インドの芸能の場合、特に今回は寺院儀式としての芸能を主に鑑賞したのでその要素が強いのは当然であるが、神によって作り出された芸術という面が全体を覆っていて、音楽の音階、拍子、舞踊の身振り、物語の展開などがすべて宇宙空間に基づき、まるで曼陀羅図を見ているようであった。
 つまり細部と全体がすべて複雑な因果関係で結ばれていて、一つの形をなしているということである。自然界の食物連鎖に見られる生態系のような形である。
 形、色、素材、言語などがあらゆる形で自然であり、人間の感覚機能に自然に呼応する体験は、一流の芸術を鑑賞してきたつもりであった私にとっても初めての体験であった。

 ところで今回は、地唄舞の伴奏者として演奏をさせていただいたのであるが、インドで演奏するのはかなり違和感があると思っていたが、全く逆で、邪心のない素直な気持ちで曲に取り組めたような気がした。
 それはたぶん聴く人々の気持ちが私に乗り移ったからなのだと思う。「神は存在しない」という西洋の現代哲学を歪めて理解した日本の現代人には遠い存在になった神(あるいは自然)への帰依の態度が私にも直截感じ取れるくらい強いせいなのであろうか。
 何かを演奏したというより、弾いている間逆に何かを受け取ったという感覚であった。演奏している中で自分という個体が何か大きなものに吸い込まれていくようであった。

 演奏がよかったとか悪かったかということは、なぜかどうでもよくなった。自らよい評価を受けるために演奏しようとする態度は、邪心であることを図らずもインドで学んだ。
 だから邦楽がどのように受け入れられたかということに関しては、(ある日本人からは早速評価を受けたが)いまだによくわからない。

 仏教の発祥地であるインドから仏教が日本に渡ってきて、今では日本の方が仏教に影響された芸能が数多くある中で、私の演奏する地歌・箏曲も、もともとは仏教と関係が深いものである。もう一度原点に戻って音階、拍子、音色、歌のことば、その中にかくれているものを探してみたくなった。

 インドでの短い旅は、これからの私にとって多くのヒントを与えてくれた。



パーヴァ・カタカリ(カタカリの人形劇版)
                        撮影 吉澤昌江



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