◆ 太平記 

<日野俊基の道行文>

日野俊基は、謀反の罪で北条高時の命により捕らえられ、都より鎌倉へと送られる。今回は再犯で、初犯の時は鎌倉へ送られながらも無罪放免となっていた。初犯は許すが再犯は許されないのが法令の定めるところ。今回は道中で殺されるか鎌倉でころされるか、そのどちらかであろうと覚悟を決めての下向。七月十一日に関東へ送られた。

  落花の雪に踏み迷ふ 片野の春の桜がり

  紅葉の錦を衣(き)て帰る 嵐の山の秋の暮れ

  一夜を明かす程だにも 旅宿(たびね)となればものうきに

  恩愛の契り浅からぬ わが故郷の妻子をは ゆくへも知らず思ひ置き

  年久しくも住み馴れし 九重の帝都をば 今を限りと顧みて

  思はぬ旅に出でたまふ 心の中(うち)ぞ哀れなる…

道中の地名・光景を次々と詠み込んだ道行文とともに俊基は鎌倉へ下る。池田の宿(静岡県盤田郡)では源平合戦で捕らえられた平重衡のことを思いだし、小夜の中山(掛川市)を越えるときには西行法師を思い、菊川の宿(静岡県金谷町)では承久の乱でこの地で処刑された藤原光能に思いをよせたりしている間に、二十六日に鎌倉に着いた。

<日野俊基 辞世の頌(じゅ)>

  古来一句  古来ノ一句       昔からいわれていることであるが

  無死無生  死モ無ク生モ無シ    死も生も問題ではない

  万里雲尽  万里雲尽キテ      私ははるかに雲の尽きる所まで続く

  長江水清  長江水清シ       清い揚子江の流れのようなものだ

         (長編ダイジェスト2 「太平記」編著/武田昌憲 有精堂出版(株)より)

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